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長野地方裁判所松本支部 昭和36年(ワ)83号 判決

松本市四ツ谷東区一、八六二番地

原告 赤穂芳明

右訴訟代理人弁護士 林百郎

同 富森啓児

松本市城西町七〇番地

被告 甲信産業株式会社

右代表者代表取締役 三沢政治

右訴訟代理人弁護士 上滝徳市

愛知県小牧市大字小牧原新田一番地

被告 名古屋プロパン瓦斯株式会社

右代表者代表取締役 後藤新治

右訴訟代理人弁護士 加藤博隆

同 富島照男

右当事者間の損害賠償請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被告甲信産業株式会社は原告に対し金一、四七九、九七六円及びこれに対する昭和三六年八月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告甲信産業株式会社との間に生じたものはこれを四分しその一を原告の負担としその余を同被告の負担とし、原告と被告名古屋プロパン瓦斯株式会社との間に生じたものは原告の負担とする。

この判決は原告において五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、

「被告らは連帯して原告に対し金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三六年八月二二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告ら各自の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

「一、原告は、有限会社赤穂製菓の名で、昭和三一年頃から菓子の製造を営んで居るものである。

右菓子製造のため、原告は、被告甲信産業株式会社(以下被告甲信産業と称する)からプロパンガスを買い受けて使用して居り、同ガスの容器は、被告名古屋プロパン瓦斯株式会社(以下被告名古屋プロパンと称する)の所有であり、被告甲信産業は、これを借り受けてガスを充填した上、原告にその中のガスを売っていたものであるが、ガスが消費されれば別のガスの入った容器と消費済の空の容器と取り替え、これを反覆して売買していたものである。

二、昭和三五年一二月一二日頃、被告甲信産業は、被告名古屋プロパン所有の五〇キログラムプロパン容器NSPL第三六一号を借り受け、これにプロパンガスを充填し、これを原告に売渡した。

三、ところが、昭和三五年一二月二〇日午後七時頃、原告が右プロパンガスの使用を終ってバルブを閉めようとしてハンドルを廻したところ、バルブが完全に閉らず、グランドナットがはずれてガスが噴出し、近くにあった煉炭コンロの火を引火して燃えあがり、そのため、原告は、自己の顔面、両手に火傷を負った上、自己所有の松本市北深志字東町一丁目一、一九六番地所在、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗兼居宅一棟、建坪約五一坪、二階坪約九坪を全焼する等、別紙目録記載のような損害を蒙った。

四、右事故の原因は、民法第七一七条にいう土地の工作物たる本件プロパンガス容器の設置または保存に瑕疵があったことによるものである。即ち、本件容器は、危険物たる高圧ガスの一種プロパンガスを充満し、必要に応じてこれを供給する貯蔵タンクの一種であり、電柱、貯水槽、ガスタンク等と同様本来屋外の土地上に設置せられるべき工作物である。同容器が、たまたま土地に対する定着性の点で他の工作物に劣る外形を呈しているのは、設置費用の削減等経済的便宜に基くものに外ならず、プロパンガスの危険性からすれば、より堅牢な工作物として土地に定着させることが保安上望ましいのであるから、容器は、必ず屋外の通風の良い場所に、立てて設置し、万一衝撃を受けた場合にも転倒、転落しないように措置すべきであることの配慮が要求され、この点からしても本件容器はその用法上、土地の工作物とみなすべきものであり、次に詳細に述べるとおり、グランドナットの締めつけが異常に緩い状態にあったという瑕疵により本件事故が発生したものである。そして被告甲信産業は、右容器の占有者であり、被告名古屋プロパンは、この所有者である。

五、かりに、右主張が容れられないとしても、被告らには次のような過失がある。

即ち、本件プロパンガス容器のグランドナットの締めつけは設置当初から異常に緩い状態にあって、若干のバルブの開閉操作によりグランドナットがバルブ本体から容易に脱落し得る状況にあった。そしてグランドナットの緩みによるスピンドルの運動は、手或いは石けん水により確認を行なうならば、被告らにおいて容易に発見できるものである。しかるに被告らはいずれも業者としてこの点につき何らの注意を払わなかったので、右グランドナットの緩んでいたのに気ずかず、漫然一般消費者の使用に供せられる容器として、被告名古屋プロパンは、被告甲信産業に貸与して流通に供し、被告甲信産業は、危険物であるプロパンガスを本件容器に充填したのち何ら適当な防止行為もせず、原告方の菓子製造工場内にこれを設置した点において、夫々業務上当然の注意義務に著しく違反したと言うべきである。

六、よって、原告は、別紙目録記載のような損害を蒙ったが、そのうち、建物、家財道具一式、治療費、近隣への見舞金、慰藉料は、原告が個人として受けた損害であり、その余の損害は、名目上訴外有限会社赤穂製菓の財産的損害であるが、同会社はいわゆる同族会社で、原告及びその妻が、出資をし、他に外部から自己資金調達の方法とてなく、同会社が、右のような損害を蒙れば、原告は殆んど唯一の出資者として損害額相当の出資の填補を新たにせねば同会社をして存続せしめ得ないのであって、原告自身が右同額の損害を蒙ったと解すべきで、少くとも同会社の六割の持分を有する原告は、右損害の一〇分の六に相当する損害を蒙ったと言うべきであるから、各被告に対し連帯して右損害中合計二、〇〇〇、〇〇〇円に満つるまでの支払を求めて本訴に及ぶ。」と述べた。

被告甲信産業訴訟代理人は、

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「一、請求原因第一項中、原告が昭和三一年頃から菓子の製造を営んで居ること、そのため被告甲信産業からプロパンガスを買い受けていること、ガスの販売方法は容器の中のガスを売りそれが消費されれば別のガスの入った容器と消費済の空の容器と取り替えこれを反覆していたことは認める。その余の事実は争う。原告使用のプロパンガス全部が専ら被告甲信産業から買受けられていたかどうかは知らない。被告甲信産業は専ら一〇キログラム及び二〇キログラム入りの容器に自らガスを充填して売買していたもので、本件五〇キログラム入り容器は被告甲信産業がこれにガスを充填したものでない。

二、請求原因第二項中、昭和三五年一二月一二日頃、被告甲信産業が、被告名古屋プロパン所有の五〇キログラムプロパン容器NSPL第三六一号を借り受け、これに充填されたプロパンガスを原告に売渡したことは認める。その余の事実は争う。同容器内のプロパンガスは、同年同月九日被告名古屋プロパンが、訴外東亜燃料工業株式会社清水工場で充填してもらったもので、同月一〇日被告甲信産業はこれを引取り原告に売渡したものである。

三、請求原因第三項は知らない。

四、同第四項は否認する。本件プロパンガス容器は、その設置につき土地に何等の変更工作をした事実がなく、単に地上に置き移動可能の状況に置かれてあり、且つその転倒の防止措置をしたに過ぎないから、民法第七一七条にいう土地の工作物には該当しないし、右容器は原告に引渡されてしまったので被告は占有者でもない。

五、請求原因第五項は否認する。被告甲信産業は、原告に対する売渡に際しては、その容器及びバルブに欠陥がないかどうかにつき厳密な点検を加えたうえ、バルブには特に赤色のペンキで刻明にグランドナットの固定位置を表示して、原告にその使用上誤りなきを期せしめ、更に使用人である臼井堅、杉原宅次郎の両名をして直接原告方に搬入せしめ、右赤マークの意義その使用方法、使用上の注意、容器の置場所等についてつぶさに指示を与え、原告の指示する場所に容器を設置して引渡を了したものである。従って、被告甲信産業は、業者として充分試験をし、且つ検査実験を了し、支障のないことを確認する等注意義務を果したうえ引渡をしたものであるから、何等責任はない。却って、原告においてその使用上の欠陥不注意のために本件事故を起したものである。

六、請求原因第六項は否認する。

なお、原告は、本件火災による損害について保険金一、二五〇、〇〇〇円を受領しているので、右金額は本件損害額に充当されるべきものである。」と述べ、

過失相殺の抗弁として、

「本件事故について、被告甲信産業に損害賠償の責任があるとしても、その額を定めるについては、原告側の次のような過失が斟酌せらるべきである。即ち、

一、原告の使用人訴外長谷川純計は、本件容器を時折使用していたが、原告は、右長谷川に対し、その使用方法及び注意事項について充分の教授指導を与えていなかった。即ち単にコックの調節とバルブの開閉を教えたのみであり、従って、長谷川はバルブのハンドルを開閉するに当って一回半の回転で充分なのに二回半位回転して居り、その他原告側の大胆且つ不用意なハンドル操作の結果、ハンドルがぐらつきガスもれが生じ引火して本件事故に至ったものである。」と述べた。

被告名古屋プロパン訴訟代理人は、

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求め、答弁として、

「一、請求原因第一、第二項中、五〇キログラムプロパン容器NSPL第三六一号を被告名古屋プロパンが所有して、これを被告甲信産業に貸していたことは認める。その余の事実は知らない。

二、同第三項は知らない。

三、同第四項は否認する。本件容器は民法第七一七条にいう土地の工作物ではない。同条の工作物とは土地に接着して人工的作業を加えることにより成立した物で、本件容器の如く地上に固定的に設置せず、輸送のため容易に移動交換ができるものはこれに該当しない。

四、請求原因第五項は否認する。被告名古屋プロパンは、本件容器を、バルブと共に、昭和三五年八月二四日、信頼すべき大手メーカー日本車輛製造株式会社から検定合格品として買入れ、同年一一月三日、被告甲信産業に輸送を目的として貸与したものであり原告方に設置せられることは予期していなかったものである。事故当時、未だ四ヶ月しか経過していないことからしても瑕疵は考えられず、しかも被告甲信産業へ引渡以後は、同被告が直接東亜燃料工業株式会社清水工場へガス充填のため持ち込み、充填後直接同被告に渡されていたもので、被告名古屋プロパンとしては、直接関与することは何もなく、被告甲信産業が搬入した先における本件事故につき責任を負う理由がない。

五、請求原因第六項も否認する。

なお、原告は、本件火災による損害について保険金一、二五〇、〇〇〇円を受領しているので、右金額は、本件損害額に充当されるべきものである。」と述べた。

証拠≪省略≫

理由

一、原告が、昭和三一年頃から菓子の製造を営んでいること、右菓子製造のため被告甲信産業からプロパンガスを買い受けていたことは原告と被告甲信産業との間で争いなく、原告と被告名古屋プロパンとの間でも弁論の全趣旨により認められる。そして本件五〇キログラム入りプロパンガス容器NSPL第三六一号が被告名古屋プロパンの所有で本件事故当時の昭和三五年一二月頃被告甲信産業がこれを借り受けていたことは当事者間に争いなく、同被告が、プロパンガス販売業者として、そのガスの販売方法が右のような容器内にガスを充填した上、消費者にガス入りの容器を渡して容器中のガスのみを売り、ガスが消費されれば別のガス入りの容器を消費済の空の容器と取り替え、これを反覆して売買していたものであることは、原告と被告甲信産業との間で争いなく、また原告と被告名古屋プロパンとの間でも弁論の全趣旨により認めることができる。

二、そして≪証拠省略≫によれば、昭和三五年一二月二〇日午後七時頃、原告が被告甲信産業より原告方に据え付けてもらった本件プロパンガス容器NSPL第三六一号内のガスを使用して菓子製造を行った後、ガスの使用を止めるべく、原告の使用人長谷川純計をして本件容器のバルブを締めさせようとハンドルを廻わさせたところ、バルブが締まらず、しかもグランドナットがはずれてガスが噴出し、近くにあった煉炭コンロの火を引火して燃えあがり、そのため原告は顔面や手に火傷を負ったうえ、松本市北深志字東町一丁目一、一九六番地所在の原告所有のその主張にかかる家屋を全焼する等の損害を蒙ったことが認められる。ほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。

三、そこで本件事故の原因について考察する。≪証拠省略≫を総合すると、本件NSPL第三六一号プロパンガス容器のバルブ本体とかみあっているグランドナットの締めつけは、通常の締めつけ状態よりかなり緩い状態にあった。しかもシートパッキングが金属性でなくファイバー製であったため、グランドナットの締めつけが緩み易い状況にあってバルブのハンドルの若干の開閉操作によってもハンドルに連らなるスピンドルの回転とグランドナットが連動し、グランドナットがバルブ本体より容易に脱落し得る状況にあった。それなのに被告甲信産業は、訴外東亜燃料工業株式会社清水工場で、自ら占有中の本件容器にガスを充填してもらった後、原告方に設置するに際し、単にガスの充填元で締めつけのマークをつけて来たものに、ナットのゆるみがないのは経験からして明らかであるとの安易な態度を取り、グランドナットの緩みによるスピンドルの運動の異常を手で確めるなり、或いはグランドナットの緩みによるガスもれを石鹸水で確める等の慎重な方法を取らなかった。しかも、被告甲信産業は、本件容器のような大型の五〇キログラム入りボンベは、屋外に設置する必要のあることを認識しながら、ただ近いところが便利であるとか、冬には屋外ではガスの出が悪くなるといった安易な理由で、原告方屋内に設置し、その後も保存につき適切な災害防止方法を取らずこれが原因で、前記日時、原告の使用人長谷川純計が、本件容器のバルブのハンドルを廻したところ、グランドナットがバルブ本体より脱落してガスが噴出し、屋内にあったコンロの火を引火して本件災害に至ったものであることが認められる。ほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。

四、≪証拠省略≫を総合すると、本件容器は、昭和三五年八月二四日、被告名古屋プロパンが、日本車輛製造株式会社製作のものを買い入れたもので、同年一一月三日、右被告が、被告甲信産業に貸与して以来は、被告甲信産業が、専らこれを占有して充填場所である東亜燃料工業株式会社清水工場に持ち込んだり、需要者に配送したりを繰り返していたもので、右日時より本件事故当日まで被告名古屋プロパンの管理或いは占有に戻る機会は全くなく、従って同被告の従業員等により取扱われる機会も全くなかったものである。しかも本件事故直前のガス充填は前記訴外東亜燃料工業株式会社清水工場において、同年一二月九日に行われ、同訴外会社の従業員によって、グランドナットの締めつけが点検され、その充填後間もなく、本件容器は被告甲信産業により原告方屋内に搬入設置されるに至り、その間においてグランドナットの締めつけが緩んだ事実が認められる。ほかに右認定を左右するに足る証拠は存在しない。

五、ところで、本件容器が原告が主張するように、民法第七一七条にいう土地の工作物か否か、及び被告甲信産業が占有していたか否かにつき考察すると、≪証拠省略≫を総合すると、プロパンガスは高圧ガス取締法の規制を受けるガスの一種として扱い方如何によっては極めて危険なもので、そのため取扱主任者の制度が設けられ、ガス販売業者には従業員に保安教育を施す義務や、営業許可申請に当ってはガスの販売所や貯蔵施設の説明書を添付さす義務を負わせて居る。本件事故の原因となった五〇キログラム入りプロパンガス容器は直径約三五センチ、高さ一メートル二〇センチに及ぶ大型のもので、プロパンガスを充填して輸送するために使用されるが、輸送専用というわけではなく、大口需要者のため特に工場等に設置されて一般の使用に供されることも多い。右設置に当っては専らプロパンガス販売業者が、法令の基準に合うよう危険のない場所を選定してこれを設置し、設置のためには或る程度の工事をすることもあり、需要者即ち消費者は一旦これを設置してもらえば、容器の重量や、未経験者では扱いかねるガスの危険性のため、設置された容器を自分で動かすことを想定されていないのは勿論、容器の故障等で点検を要する場合も、自ら行うのでなく、販売業者に連絡して係員にその点検をしてもらうことが通常とされて居る。消費者としてはガスを消費する前後にバルブのハンドルを開閉することだけが、プロパンガス容器を扱うについてなし得る唯一の行為であり、販売業者としての被告甲信産業と消費者としての原告の間の関係も以上のような関係の例外をなすものでなかった。また本件容器は前記のとおり被告名古屋プロパンの所有であるが、被告甲信産業は無料で借りて居り、これを更に同被告は原告にプロパンガス供給に際し無料で渡していたことが認められる。

以上のような事実からすれば、本件容器が、民法第七一七条の土地の工作物と解することには、必ずしも疑問がないわけではなく、特に同条を立法者の意思に即して解釈するならば、解釈上これをあまり拡張することは許されないであろう。しかし同条の根本義とする危険責任の観念からするならば、プロパンガスのような危険物を包含した本件容器は、土地の定着性の点に本質的決定的な標識を置くべきでないのみならず、輸送用にも使われる点で土地の定着性を常有してはいないが、一旦設置された場合の定着性はかなり強いと認めるべきであり、危険性の程度やその機能は土地に定着している工作物に劣るものではない。特に、現代の危険性は、静的危険性即ち土地の工作物の設置、保存の瑕疵の危険性から、動的危険性即ち交通機関、原子力、ガス、電気等の危険性へと移り、増大する傾向にあり、これらの新らしい、しかも高度の危険に対しては、例えば交通機関については、自動車損害賠償保障法の如き、原子力損害については原子力損害の賠償に関する法律の如き、適切なる立法活動に依るべきではあるが、その不充分な分野においては、解釈論において、危険責任の原理と、右のような立法活動の傾向とを考慮して責任の所在を確定すべきものであると解するのが相当である。また本件容器の所有者は被告名古屋プロパンではあるがこれを被告甲信産業が無料で借り受け、更に同被告は、これにプロパンガスを充填して原告には内部のガスのみを売り、容器を無料で貸していたのは前記認定のとおりであり、原告本人尋問の結果によれば、原告は、消費者として一旦原告方に設置された本件容器を何ら動かすことも、瑕疵を点検修理することも出来ず、ただガス使用の前後即ち朝夕二回位にそのハンドルを廻して開閉するのみであることからすれば、本件容器を管理ないし支配し瑕疵を修補して損害の発生を防止しうる地位にあったものは被告甲信産業であって、原告はハンドルの開閉という限られた範囲の行為のみを行っていたに過ぎないことが認められるのである。

六、そうだとすれば、民法第七一七条の法意から本件のようにプロパンガス容器の部品たるバルブのグランドナットが本来あるべき締め付けの状態になく、この点の設置保存に瑕疵があった場合には同容器の支配ないし管理していたものにおいて、生じた損害を第一次的に賠償する責任があり、右容器の管理ないし支配している者が損害発生を防止するのに必要な注意をしたことを立証した時のみその所有者において損害賠償の無過失責任を負うと解せられるのである。

そうすると、被告甲信産業は、瑕疵ある本件プロパンガス容器を原告方に設置し、その後も、右容器を管理ないし支配していたものであるから、本件のような、右容器の設置保存に瑕疵あることによって他人に損害を生ぜしめたものとして、民法第七一七条により、被害者たる原告に対し、損害賠償の責に任ずべきものである。また以上の事実によるとき、被告甲信産業は、右容器を原告方に設置し、その後保存するに際しては、前記のような瑕疵の存否につき注意をなすべき義務があり、右瑕疵の存否について、わずかの注意義務を果すことにより、容易に瑕疵を発見し、瑕疵のない状態になしえたのに、これらの注意義務を果さなかった過失により瑕疵を発見し得ず、そのため瑕疵のない状態として設置保存することができず、よって本件事故を生じさせ、他人に損害を蒙らしめたものとして、民法第七〇九条により、この点からも、被害者たる原告に対し損害賠償の責に任ずべきものである。従って、被告甲信産業は、何れの点からしても責任を免れ得ない。(従って、本件は、設置保存の瑕疵によって責任を負うものと、設置保存について過失によって右瑕疵を生ぜしめたことにより責任を負うものとが一致する場合である。)

しかしながら、被告名古屋プロパンは、前記容器を所有していたものではあるけれども、これに対して管理ないし支配していたものではなく、また管理ないし支配しうる地位にもなく、しかも被告甲信産業が管理ないし支配していたものとして損害賠償の責に任ずべき場合であるから、民法第七一七条の趣旨に照し、被告名古屋プロパンは、本件損害の賠償については責に任じないものと解すべきである。また原告は、被告名古屋プロパンについて、民法第七〇九条による責任を主張するが、前記認定のとおり本件事故の原因は、本件プロパンガス容器のグランドナットの緩みにあったものであるところ、被告名古屋プロパンが被告甲信産業に右容器を貸与した際にすでに右緩みがあったとの立証はなく、被告甲信産業に貸与された後は、同被告において直接訴外東亜燃料工業株式会社清水工場においてプロパンガスを充填し、同訴外会社の従業員によってグランドナットの締めつけが点検され、被告甲信産業が引渡を受けるに至っているのであって、被告名古屋プロパンが、その後にまで、通常の場合、本件のような瑕疵の存否について、注意することは不可能でもあるし、また注意義務を課することもできないから右瑕疵の存否について注意しなかったことに過失があったということはできず、本件のような事故の発生については責任を負わないといわなければならない。従って被告名古屋プロパンは何れの点からしても、本件事故について責任を負わないものというべきである。

七、そこで進んで被告甲信産業主張の過失相殺の抗弁につき判断する。≪証拠省略≫によると、原告の使用人長谷川純計は原告より本件容器のバルブの開閉を習い、原告の指示に従ってハンドルを廻していたと認められるが、原告方で本件事故まで本件容器を使用していた期間はほんの数日を出でず、しかもバルブの操作は毎日二回程度のものであって、原告のプロパンガスの扱いは他人と比べた場合非常に慎重で上手であるとの証言(臼井堅)もあり、この原告の指導の下に長谷川純計が操作を行っていたとすれば、右のような短時日にグランドナットが外れるほど乱暴な扱いをしたとは推定しがたく、またそのような証拠もなく、ただ、同人がハンドルを二回半位廻していたことは自ら証言しているが、ハンドルが本件事故の前よりぐらついていたことも同様証言して居り、バルブのグランドナットの締め付けが通常の状態にあったとすれば、ハンドルがぐらつくことや、一回半で足りるハンドルの回転を手の力で二回半も回転し得るとは考えられず(坂井芳雄の証言、同人作成の鑑定書)、本件事故の前に原告よりガスもれがあるのでないかとの注意があり被告甲信産業側で調べてみるとやはりもれていたとあるとおり(臼井堅)、結局本件事故につき原告や原告の使用人長谷川純計が果した因果力は絶無とは言い得ないとしても、評価し得る程のものはなかったと認める外なく、以上いずれの点よりしても被告甲信産業の抗弁事実は認めがたく、≪証拠の認否省略≫

八、次に原告の蒙った損害につき検討する。

(1)≪証拠省略≫によれば、本件火災のため原告所有の前記建物はほぼ全焼し、右建物の価額は一、一五五、八六〇円であるが、原告は右建物の火災保険金として被告らが主張する金員のうち七九七、八八八円を受領して居り、同金額は商法第六六二条等の法意により保険者が代位するものとしてこれを損害額より控除するべきであるから、結局原告の蒙った損害額は金三五七、九七二円となる。(なお原告は建物改造費用八七、五一七円を前記一、一五五、八六〇円に加えて建物の価額としているが、≪証拠省略≫によれば、右建物の改造は、本件事故の前であり、また建物の価額の鑑定は本件事故の後であるから、右鑑定による前記認定の建物価額のなかには、右改造による増額分も含まれているものと解するのが相当である。)ほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。

(2)≪証拠省略≫を総合すると、本件火災は前記のようなプロパンガスの噴出による引火のため瞬時に附近一帯が火の海と化し、消火や家具、什器の搬出など思いも寄らず、原告は家人と共に身をもって辛じて避難するのみであった事実、及び本件火災当時原告は生活に多少の余裕を残した中流程度の生活をして居り、衣服等には金をかける傾向があった事実、更に別紙目録六、家財道具一式の損害明細は原告が火災後、中牧巌と相談のうえ、思いつくものを書き出し、その価格を推定して記入した事実が認められる。而して以上の各事実からすれば、火災当時、原告方に同目録六の各明細程度の家財道具一式があったであろうこと及びこれの避難搬出が殆んど不可能で焼燬してしまったことは容易に推認できるところであるから、同目録六の(一)の11の「その他二〇、〇〇〇円」とある明細不明のものを除き、その余の合計金八〇三、〇〇〇円を損害として認めることができる。ほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。

(3)≪証拠省略≫によれば、原告は本件火災のため顔面、両手その他に相当に重い火傷を負い、松本市内の丸の内病院に入院するなどして治療に当り同病院に合計金一九、〇〇四円の治療費の支払(国民健康保険による支払分を除く)を個人としてなしたことが認められ、同金額を損害として計上することができる。ほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。

(4)原告主張の財産的損害のうち、二営業用什器、三製品半製品材料、四機械類、五営業停止による得べかりし利益の損失は原告自認のとおり訴外有限会社赤穂製菓の損害である。而して、≪証拠省略≫を総合すると、同会社は原告及びその妻が取締役をし、出資者とて原告、妻、中牧巌の三人に過ぎず、資本金も一〇〇、〇〇〇円に過ぎない、いわば同族会社であり、他に外部から自己資金調達の方法とてなく同会社が右のような損害を蒙れば、原告が恐らく主要な出資者としてこの填補をせねば同会社が企業として存続し得なくなることも容易に認め得るところである。しかしながら右のような填補をせざるを得ないのは、あくまでも事実上のことであって法律上必然にそのような責任を負わされるということでなく、同会社の蒙った損害が直ちにそれと同額の損害を原告にもたらす、或いは原告の出資の持分の割合に応じた損害を原告にもたらすというわけではない。また同会社が社会経済上個人企業と変りなく、同会社の損害は原告個人の損害と変りないとの論もあり得ようけれども、そのためには、同会社の法人格の否定、即ち同会社は名目だけのことで実体のないものであること、または、同会社の被害と原告の損害との間に因果関係の存在することの立証を要するが、≪証拠省略≫を総合すると、同会社は法人としての実体を備え、経理上或いは税務上原告個人の人格とは別になっていると認める外なく、かつ同会社の右のような損失の結果出資者の一人である原告にどのような損害が生じたかの因果関係の立証がない本件では、これらの損害を原告の損害として認容することはできない。

(5)次いで近隣への見舞金につき検討する。≪証拠省略≫を総合すると本件火災は原告に相当な災害をもたらしたばかりでなく、近隣へも類焼等かなりの損害を生じ、そのため原告は自己に過失はないとしても出火場所が自分のところであったとの責任感から、近隣へ多少の見舞をするのが妥当であると考え、近隣の被害者に見舞金を交付した事実が認められる。しかしながらこのような出費は本件火災に必然に伴うもの或いは相当因果関係にあるものとは認め難く、原告の道義感から発した出費と解する外ない。従ってこれを原告の損害として認容することはできない。

(6)最後に慰藉料であるが、前記認定のとおり、原告は自己の側に過失なくして本件のような災害に会い、建物は全焼し、家財道具も殆んどを焼き、自らも顔面両手その他に相当に重い火傷を負って入院治療をせざるを得なかったこと、また原告個人の損害としては認め得ないが、同族会社と認め得べき訴外有限会社赤穂製菓が相当な損害を蒙ったこと、近隣への折合からも不時の出費を余儀なくされ、しかも証人中牧巌の証言によれば、原告の一家は近隣への気兼ね、将来の営業への信用等を考慮して本件災害後、住み慣れた在来の住居を離れて転居したこと、加えて叙上認定の被告甲信産業における業務上過失の態様等を考慮し、原告の本件災害により蒙った精神的損害に対する慰藉料としては請求どおり金三〇〇、〇〇〇円をもって相当と認める。

九、以上のとおりであるから、原告の請求は、被告甲信産業に対し損害金一、四七九、九七六円及び同被告に対する本訴状送達の日の翌日以降であることが記録上明白な昭和三六年八月二二日から完済に至るまで右金員に対する民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると認められるから、右限度でこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却すべきである。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条に各従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野保之 裁判官 下郡山信夫 裁判官及川信夫は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 菅野保之)

〈以下省略〉

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